「知識より 職業訓練より その前に礼儀作法を教えるべきである!」。
これはある経営者の弁である。と、ある大学の教授が紹介してくれました。どこにその問題の源があるのだろうか?
憲法や法律(教育基本法)が立派でも、その精神を理解し活用できなくては何にもならないでしょう。親が安心して子供を生み育てる環境について論議が活発なのは大いに結構です。文部科学省や教育委員会そして学校側を批判するのも結構ですが、何かポイントがずれ、自死(自殺)者まで出させていいのだろうか!。
最近小学校のカウンセリング担当(数種の資格者がいる)の一先生の話を聞いていて、家庭と学校そして先生たちの歯車が合致していないことを強く感じました。不登校、教室飛び出しなどは問題行動の第一歩ですが、自死(自殺)、非行に至る生徒のケアーが狭い学校社会の中だけで解決(時には隠蔽)しようとするため増えることはあっても減ることはないと嘆いていました。心理的な救済策は後手後手になり、管理優先、知識優先で生徒本人のこころの叫びを無視した結果、現場の先生や生徒たちに多くの犠牲を強いています。
ひとつ視点を変えれば、タイの生徒たちの知識(教育)レベルは決して高くはないが、田舎の方では先生が敬われ、生徒らしく共同授業態度には惚れ惚れします。カリキュラムにもボーイ(ガール)スカウト教育や仏教教育も入っています。ユニークなのは小学4年生で中国語教育があります。私たちがよき社会人を育てるために機会をみつけ改善し、声をあげて行動していきたいものです。(写真はタイの村の小学校)
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