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by matsu999_1 カテゴリ
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「朝題目、夕念仏」と言われるぐらい日本人には定着している日本仏教界の唱題です。 宗派ごとに違うのは信仰するお経や宗祖の教えにあります。「南無妙法蓮華経」は日蓮宗系で「南無阿弥陀仏」は浄土宗系、天台宗です(参考:曹洞宗は「南無釈迦牟尼仏」、真言宗系は「南無大師遍照金剛」です)。歴史的には南無阿弥陀仏があってその後南無妙法蓮華経が一般的に普及してきました。『南無』はどの宗派とも同じ(上座部仏教国では『ナーモ(南無)....プット(仏陀)..』)です。菩薩の仏像を信仰するか釈迦の説いたお経を信仰するかとの違いがあります。 日本仏教は6世紀の飛鳥時代中国(朝鮮)より渡来した宗教です。日本最古の宗派、天台宗の開祖最澄は、妙法蓮華経を中心とした仏教の研鑚をしていたのですが、学んだ中国宗派からの影響からでしょうか「南無阿弥陀仏」です。 題目受持(南無妙法蓮華経)の代表的な著書<日蓮聖人教学研究:庵谷行亨著>を読破した結果をこのBLOGに少し紹介したいと思います。大変な分 量を多面的な角度から考察し執筆しており一般的には理解しにくい専門書です。私なりに幾つか述べます。・ 衆生成仏の大道がこの【受持】にあります。この題目唱題により誰でも成仏できる。 ・ この【受持】によって仏の悟りと智慧と功徳とが与えられる。 ・ 末法の時代の救済がこの【受持】にある。 ・ 釈迦の教え法華経を解釈した日蓮の「観心本尊抄」にこの題目の【受持】が強調される。 これらのことは、釈迦が晩年の8年の間説いた法華経と鎌倉時代の日蓮聖人が「観心本尊抄」をはじめ書簡等で説いた諸説の信仰のポイントが【題目の受持】にあることです。 *3月15日まで新しいBLOGの投稿は休載します。
正月の国民的行事である関東周辺の19大学による大手町から箱根までの片道108キロを5人(合計10人)で往復する感動する襷(タスキ)リレーです。ここ数年川崎の旧東海道の渡し舟のあった六郷橋で観戦しています。それも今年の1月2日の往路と3日の復路の両日を観戦。若い学生たちの鍛え引き締まった走りは、人生の精進(努力)や思いやり(協力)が強く滲んでいたドラマでした。 ![]() 感想は、外国人ランナーが2校の3人と少なかったこと、高校時代から選抜されていたエリートランナーが多かったこと、大学のフアンだけでなく最大4年間を走る選手(例えば東洋大の柏原選手)のフアンもいること、走る道路は警察官のほか多くのボランテアで整然と支えられていたこと、情報化時代ラジオや携帯ナビ等を携帯しての立体的な観戦も可能であること、等がありました。私もフルマラソンを5回ほど走ったことがあります。箱根駅伝は各区間ハーフマラソン程度で1キロ3分以下のハイスピードの襷リレーです。日本の男性で世界的なフルマラソン選手は現在育っていないようです。それだけきつい大変な42・195キロを独りで走る選手人生は、衣食住と練習が保証されている実業団選手か個人ランナーの川内優輝選手(埼玉県庁職員)のようなスタイルがいいのか課題です。 いくつかの疑問と理想的な希望は、「切り上げスタート」が道路警備上といえ早い中継所があること、警備や先導以外の伴走の車や中継の車が多いので見難い場合も合ったこと、誰が事前にそして事後に道路清掃をするのかなあ、との疑問も残りました。 優勝した東洋大学選手陣は素晴らしい、出られなかった選手などの想いを含んだ襷に繋いだ選手達の走りは素晴らしい、88回の大会中、86回の出場回数と優勝回数14回の中央大学は素晴らしい、ことです。 私にいい日本の正月行事がインプットされました。
<竜女成仏>ないし<女人成仏>という言葉を聞いたことがありますか。 『法華経28品』中では第12番目に題婆達多品というお経があります。そこで女性も皆成仏できることが教えられています。ただ「転女成男・変成男子」と竜女の変身が条件です。 ![]() 立正大学法華経研究所のNさんが諸説や諸見解を分析し、お釈迦さんの国インドから中国や日本に流れてきた仏教の「竜女成仏」論を話してくれました。そのなかで上座部仏教(「小乗仏教」は蔑視語)のことは特に触れていなかったのですが、インドの「ナーガ(竜)信仰」について触れていました。インドで発祥したナーガ信仰の神は女性(Nさんは両性説)でしょうか。 タイの寺院では入り口の階段の塀や本堂の階段部分に当たる上の部分にナーガが装飾されていることが多いです。そして釈迦像の後背にもナーガが守護神として彫られています。 仏教関連の辞典には「大海に住み、雲を呼び雨を降らす魔力を持つとするナーガの伝説を引き継いでいる為、仏教に於ける竜もまた水神である。ヒンドゥーではアスラ同様に悪役として登場する。有名な物に「法華経」に登場する「八大龍王」が居る。」と書かれています。Dragonは「蛇」「龍・竜」で、中国だけでなく多くの国の宗教や説話で語られそれが神格化されていったのが仏教のナーガです。奥行きの広いテーマです。 西暦2012(仏歴2555)年の十二支では辰(動物では龍)です。 世界の人々が龍のように伸び伸びとした良い年になるように祈っています。 ![]()
拡大路線をとる東横インは日本国内と韓国に格安ビジネスホテルを拡大中です。このホテルは主に一人で泊まれる格安料金とおにぎりの朝食が付いていることが特徴です。 しかし若い女性中心のスタッフ、狭い食堂、コンピューター予約による省力化などに問題が発生しています。 ![]() 全てのホテルの食堂は狭いので座るのと出るのは大変困難。怖いビジネスマンに急がされたり突き飛ばされたり嫌な顔をされることはしばしば!客同士の喧嘩もあります。しかしガードをする男性はいません。フロントはだいたいいつも2人の女性が長時間勤務に就いており、笑顔のサービスもなく、ましてや観光情報などを聞く雰囲気にありません。 稼働率をあげるため格安割引料金でつっている面があり、それはビジネス層にはいいでしょう。場所によっては休日など閑散時は超格安にしたり狭い部屋に変なビデオを無料で見せて過ごさせています。 顧客の声をもっと聞いて改善をさせない強気の戦略は顧客離れと事件がおきては遅いでしょう。新ホテルの建築途上で社長が法を無視して問題となり名目上退任しています。又、精神療法(内観療法)を社是にしていますが、サービスにいい面が出ているのか疑問です。
聖学院大学大学院の総合研究所紀要(2009)で牧師のストレスを臨床的に研究した論文を拝見しました。執筆したKさんはプロテスタント教会(パブテスト連盟)で働くスタッフの方です。 その内容は、牧師のバーンアウト・シンドローム(燃え尽き症候群)について心理学をベースに実証的なアンケートと面談による分析を試みています。 ![]() まず私からのKさん宛ての読後の感想は、以下の3つです。 1、「初めての実証的な研究」とのことでの苦悩があったことが分かります。ただKさんの信頼性か聖学院大学の研究姿勢かそれともキリスト教団のオープン性によってここまで明らかになった事と思います。 2、バーンアウトとストレスそしてストレスの事例のひとつ「うつ」の因果関係がよくわかりませんでした。説明不足かその矛盾と思います。身近に鬱の方が多くいるので応用できるかなあ。との期待があったのかもしれません。 3、牧師職の心の悩みをアンケートから引き出しこれからの解決へ対応していくキリスト教団の姿勢というか社会性やKさんの熱意ある研究から見えます。困難でしょうが辞めていった個々の追究があればもっと変わった事でしょう。 以下は私の感じている僧侶側の問題です。 A,僧侶離れ、寺院離れ、仏教離れ、墓離れなどの著書や雑誌の特集がよく見られます。そこでは僧侶個人の問題を広く研究追究しているか疑問です。 例えば法話が無い、法話が下手との事以前に僧侶側の資質に問題があるケースの背景は、明治時代の跡取り制度でしょうか。キリスト教の世界ではこの跡取り制度はありません。ここに根っ子があります。ただ結婚ができる派とできない(しない人)派が両界に存在します。 B,伝統的日本仏教の保守性、非社会性(非公開性)から内部の問題点の披瀝や研究はできないのでしょう。西洋キリスト教と東洋仏教の体質や教師数の相違もあることでしょう。この研究では数字も公表しています。ある神学校卒業生の35%が牧師に従事していないことや5%が途中で去っています。Kさんの研究は悩む在職者とこの5%の追跡調査です。 C,立正大学のO教授は、日蓮宗で「行学二道を熱心にしているのは3%ぐらい」と言っています。バーンアウトやその前のストレスをもつ僧侶は数知れないのか、それとも修行をおこなっているのでならないのかそれともいい加減(胡坐をかいているため)に生きられているのでならないのか、マスコミ等にでないだけで隠しているのか、ストレスになる要素がないのか? 現在その数字を知る数字や研究論文等はないようです。しかし興味のあるテーマです。
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